らんままの気まぐれ独り言

LUNASEA、長澤知之が大好きな女の独り言です。時々太宰治が登場。

長澤くんのブログ

今朝の長澤くんのブログに、頭が真っ白になった。

長澤知之としてのライヴ活動は収まりました」
「とりあえず自分の区切りはもう終わった」
「これからはまた全然変わるけど、どちらにしろライヴは大してやりません」

言葉の数々に、心がズキズキした。
気が動転して、思考回路が途切れて、泣いてしまった。

ALやアブサンもいいけど、長澤知之の音楽が好きなんだ。
何よりもソロで、ワンマンでライブやってくれることが楽しみだった。

いつかまた、きっと会える。それだけを支えに生きていたから、
もう会えないかもしれないって考えると、絶望で目の前が真っ暗だった。


だけど、冷静に何度もブログを読み返す。

「気が向いたらまた会う日まで」
「ソロは気が向いたらいつの日か」
「ありがとう また」

さよならなんてどこにも書いてなかった。
音楽を辞めるなんてどこにも書いてない。

あくまでも、長澤知之としての区切りがついたってことだ。
形を変えても、長澤知之の音楽が無くなるわけじゃない。

過去に囚われることなく、今の長澤くんを受け入れて、これからの彼を見ていきたい。
私の人生において、長澤知之という人は必要不可欠な存在だから、
現在進行形で、共に生きていきたい。

生きている以上、時の流れと共に変化していくもの。
無くなるわけではなくて、新しい形に変化しただけだ。


今は、自分の気持ちに言い聞かせるように書いている。
大丈夫だよ。大丈夫。享楽列車がやけに脳内で再生される。
ちくしょう。どうせ訪れるんだからなんて、泣いちゃうじゃないか。

いろんな感情が渦巻く中、確かなことは、長澤くんを応援しているってこと。
沢山悩んで考えて出した答えだろうし、全部受け入れて静かに頷いてる。

さよならなんかじゃなくて、またね、なんだ。
気が向いたらね、またね。
こちらも気楽に待ってるよ。
生きてさえいれば、また会える。

何よりも、長澤くんが笑顔でユラユラ体を揺らして、
楽しそうにギター弾いて歌ってるところを想像したら私は幸せだ。

なんのこれしき。
今日も私の側には彼の音楽がある。


だけど、もうひとつ悲しいと思ってるのは、
ライブ会場で会える仲間の皆さんに会えないことだ。
これから出会いたい人も沢山いるのにな。

けどそれも、きっとまたね。なんだね。
皆さんまたね。その日が来たら、らんままと会ってやってください(笑)